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アンニョンハシムニカ? 韓国から一番近い日本である対馬が属している長崎県の国際交流協会で、2002年4月から国際交流員として、働いている全栽弼(ジョン ジェピル)です。
長崎県は、日本で一番多くの島(無人島を除いた数)と一番長い海岸を持っている県です。そして、ここは日本の鎖国時代でも、唯一で開港されたところで、国際交流の歴史がもっとも長いところです。
昔から韓国との歴史的な交流の縁があり、長崎方言には、韓国語で「友達」の意を持つ「チング」が、そのまま使われているほどです。このような歴史的な背景があることで、長崎県民は、外国人に親近感を持ちながら、交流を行っていると思います。

2002年といえば、真っ先に浮かばれることは、ワールドカップのことだと思いますが、私も、過ぎた1年間の国際交流員の生活で、一番記憶に残ることは、多くの日本人と一緒に応援したワールドカップ共同応援行事でした。マスコミから伝われた韓国の街道共同応援を見たときは、私もあの群れの中に入りたいと思いましたが、ここで長崎県民たちと一緒に応援しながら、そのような思いは消えてしまいました。私が先に、「デハンミングッ」と叫んだら、「チャッチャッチャチャッチャ」の手拍子で答えてくれました。惜しくもシュットが外れた場面では、嘆声をあげながら、惜しんだ記憶は、絶対忘れられませんでした。

 特に、スペイン戦が終わってから、目立つ赤色の韓国代表チームのユニホームを着て、長崎の繁華街を歩き回っていたら、まったく知らない日本人から、「おめでとう!」と言われた時は、本当に感動しました。

 ワールドカップが終わってからは、「日韓国民交流年」を記念した様々な行事が開かれ、プンムル公演、パンソリ公演などを通じた文化紹介の場が設けられ、多くの方々から、良い評価を受けました。その後、開催された韓国語講座には、受講希望者が多くて、予定締切日よりも、2週間も早く定員になりました。講座が始まってからも、鳴り響く受講希望の電話などで、長崎県民の韓国への暖かい関心が深く感じられました。このように、「知韓派」になりたい多くの方のおかげで、楽しい1年を過ごすことができたし、韓国人としての良い刺激を受けられました。

 現在、日本には、韓国ブームになっています。テレビやインタネット及び各種媒体などを通じて韓国についてわかることはできますが、我々のような国際交流員ほどよく知らせることはできないと思います。残余任期中も、もっと努力し、今の韓国ブームが続けられるような力の一部になりたいと思います。

 最後になりますが、2003年は、私が韓国JETプログラム参加者代表に選ばれました。まだ、未熟なものですが、ベストを尽くしますので、暖かいご声援と指導をお願い申し上げます。ありがとうございました。(2003.6.18)



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