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まず博報堂ソウル事務所のミッションを説明します。1998年「日韓パートナー宣言」の一環で「ジャパン・フェスティバル(JF)」「コリア・スーパーエキスポ(KSE)」が2002年のW杯開催時までの3年間にわたりそれぞれの相手国で開催されることになった。その運営・業務支援するために「博報堂ソウル事務所」がソウル市鐘路に99年7月に開設されました。もう一つの業務は韓国で博報堂の現地会社を開設準備する事でした。
1)仕事としての韓日交流
(JET−AAの一員に大いに助けられる。)
通産省(経済産業省)の傘下JETROが主催する「JF」(00.01.02年度)がソウル、プサン,光州で、産業資源部の傘下KOTRAが主催する「KSE」(00.01.02年度)が東京、大阪、千葉幕張で行われ博報堂本社と協働して3年半の間、事務所長として韓国側に関わるすべての運営・業務支援を行った。最初の仕事が動き始めた頃、2000年1月末の「JET−AA総会」懇親会に出席し福岡県庁で3年勤務した元会長のKさんに初めて会場で会った。ちょうどアシスタントを募集している時でもあり早速入社試験を受けてもらい採用に至った。Kさんには約1年半獅子奮迅のサポートをして戴いた。事情で退社せざる得なく困っていた時に青森県庁から戻ってきたYさんにタイミングよくKさんの後任者になって戴いた。Yさんは細い体でファイト満々サポートしてくれました。あの細い体のどこにあんな馬力があるだろう。事務所長の対外的な活動はこの二人が約3年半の間、大いに助けてくれたのである。人生の縁を感じるのと同時に、本当にJET−AA様々であった。同時にこのイベントを手伝ってくれた通訳アルバイトの日本語の達者な若者達とはイベント終了後も交流が続いています。困ったときに助けてくれる私の隠れた尖兵たちです。みんな本当にありがとう。
2)「個人としての韓日交流
」(韓国のいろいろな人との交流)
*SJC「ソウル俳句会
」
20歳から80歳までの老若男女約40数名。日本人25名、韓国人15名で構成している俳句を通じた草の根の韓日交流です。月1回は勉強会、あと1回は吟行句会を行う。俳句の基本を学びながら初心者からベテランまでお互いに思ったことを感想として述べ合う会です。韓国の方がわれわれよりも難しい言葉を知っていて驚いたり、一生懸命に質問をして句の勉強ができたり、非常に楽しい会です。
しかし、日本と韓国の生活習慣が違うために句の解釈に差が出たり理解できない句があったりします。
ふぐちりやアガシひとりが鍋奉行
エアポート歓迎雪に武者震い
このように鍋奉行、武者震いは駐在員には実感のある言葉ですが韓国人にとっては実感がなく句の評価に差が出たりします。最近は100回目の句会を超えて句集も第9冊目の発行がまじかとなり順調に句会を進めています。最近は韓国季語(春ならケナリ、チンダルレ、夏はパッピンス、秋はチュソク、冬はキムジャンなど)を作るために必ず韓国語の季語を使って1句詠むことになっています。ゆくゆくは韓国季語集をつくろうと韓国人会員とがんばっています。
*母の「布の貼り絵」ソウル個人展
02年の4月に仁寺洞の「耕仁美術館」で、日本人ではじめての個人展を81歳の母が行いました。作品は布の貼り絵です。韓国では非常に珍しい作風で日本でも余り見かけません。布の模様を生かして絵に仕立てていくものです。東京の銀座で2回個展を行い、ソウルでの開催を提案したところ本気になってしまい実施しました。新聞社の仲間が紹介記事を書いてくれたり、韓国三田会(慶応大学の韓国人OBの会)やソウル俳句会の多くの韓国の方々による来場があり、美術館では日本人で初めての個人展が約1000人以上の来場者で新記録になったり、間宮家の大イベントになりました。
櫻咲き韓国人(からくにびと)と遊布(ゆめ)の展
親孝行ソウルの春に個人展
春の画廊異国でにわか大先生
母の個人展を通じて、草の根活動とはいえ、ここソウルで又気持ちのこもった韓日文化交流が出来ました。
*まとめ
私の場合の韓日交流を書いてきましたが、ここソウルに4年余り暮らしてみて感じていること。
「同じようで違う。違うようで同じ。」
が私の生活キーワードです。同じようなものを食べて、同じような気候で過ごしている。しかし、大陸の一部の韓国。島国の日本では「同じようでもいろいろ違い」が見えます。一方、それぞれの観光客の往来が増え、音楽、映画の交流も益々盛んになります。第4次日本大衆文化開放がなされ日本語楽曲のCD発売、日本語ゲームソフト販売が盛んになれば、若者同士の文化交流が益々活発になり、さらに「近くて近い国」になれるのではないか。キンポ空港〜羽田空港の航路が開通すれば、本当の意味で「近くて近い国」に拍車をかけると思います。最近は「ソウル事務所」所長と韓国の広告会社「comON21」副社長と2足のわらじを履いて、私生活では今日も
「同じようで違う。違うようで同じ。」
に興味を持ってソウルの街を歩いています。
カムサハムニダ。