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さて、本題に入る前に自己紹介をさせてください。僕は2002年4月に韓国へ赴任してソウル市松坡区のXSOKという警備会社で働く唯一の日本人です。この会社は日本の綜合警備保障との合弁会社で経営指導のために僕が派遣されているという訳ですが、韓国のこの業界では某巨大グループ傘下の日系企業が圧倒的シェアを誇っているのが現実。しかし、世界ではあちらは第3位、ウチは第4位と妙な自信?を持ちながら厳しい環境下で日夜頑張っているという次第です。そんな日本人が感じている異文化摩擦とは…と言うお話しをそろそろ進めましょう。

この原稿をアップしているJETAA Koreaのコンテンツで「JET達の小さな物語」があります。その中で皇甫賢さんが、韓国人が日本で生活することでの文化適応の段階的変化について水野俊平氏の著書「建前を乗り越え日本人の中へ」からの引用をされていました。残念ながらその本は日本語での出版がありませんので読めないのですが、文化適応の段階については日本人が韓国で生活する場合も全く同じことが言えるのでは?と思いました。まぁ当然のことですけどね。

そういう意味から僕の現在の段階を読み替えて言うと、事象によって多少のぶれはあるものの、概ね第3の「韓国文化と日本文化が本来異質的なものであることを見落とすようになり韓国に対して極めて批判的な態度をとる」という自己再統合の段階を脱却したいと考えている状態のような気がします。

日本在住の韓国人エッセイスト呉善花さんは著書の中で異文化摩擦を交通ルールにたとえて「優劣の問題ではなく一つの文化内の暗黙のルールなのである」と言っています。左側通行の社会で右側通行をしたら相手が左側通行をするので「なぜこの人は平気で交通違反をするのか」と悩んだり、怒ったりすることになる。だからお互いの交通ルールの違いを知ることが摩擦を乗り越える第一歩で、それが自分自身を知ることにもつながる。確かにそのとおりなのですが、単純に割り切れないところが人間の難しいところでもあるのです。

簡単な例を上げましょう。食事の際のお椀と箸と匙の使い方です。もしご両親から厳しい躾を受けた人ならばお互いの食事のマナーはそれぞれの人にとっては生理的に強い抵抗感があるのではないでしょぅか?このことに関しては僕自身、当初は抵抗があったものの、ルールと割り切ってしまえばそう悩む問題ではありませんでした。それだけに日本国内で日本式の食事マナーが出来ていない日本人には以前よりも生理的抵抗を一層感じるこの頃です。反面、僕自身が密かに嬉しいことは韓国内で鰻重やカツ丼をスプーンで食べられることなんです。あれって箸からご飯がこぼれなくて食べやすいのですが、日本では絶対に出来ない食べ方ですよね。

このように食事のマナーや靴の脱ぎ方など、正反対であろうと明確なルールがある習慣はいいのですが、対人関係の考え方の相違となると少しやっかいです。日本では「親しき仲にも礼儀あり」が良しとされますが、韓国ではそれは親しい間柄では他人行儀で水くさい行為となってしまいます。

こんな経験がありました。真夏の暑い日に会社の同じフロアーの社員達にアイスクリームを買ってきても、後で「ありがとう」と言ってくるのはなぜか日本生活経験者だけということが幾度とあってから、一時は「なんで他の人達は何も言ってこないのだろう?まぁアイスクリームごとき、別にお礼を言われたくて買ってくるわけじゃないんだけど…しかし…」などと思ったことがありました。でも、そういう韓国の人なりの礼儀が判ってくると幾つかの心のわだかまりが「ああ!そうなのか」と突然解決してくるのも嬉しいものです。

ところが、そんな礼儀を知ると別の悩みが生じて来るものです。親しい間での「ありがとう」が水くさいということは、毎朝お茶を出してくれる会社の女性にはそろそろ毎回「ありがとう」と言うべきではないのか?しかし、言わなければ日本では冷たいと思われそうだけど、韓国では「私たちはそんな間柄じゃありません!」と思われてしまうのかな?とか、かの漢○洞などの馴染みのお店で女の子に「ぞんざい」な扱いをされたら、もしかしてこの子は僕を友達と認めたのかな?とか、次元は色々ですが考えてしまう場面が次々出てきます。

しかし、直接的な表現を避けて曖昧な言い方を好む我々日本人、言い換えれば言葉を出さずとも気持ちを察するという極めて難しい日本的対人関係は韓国人に限らず外国人からは理解しにくい存在です。それはJETAAの皆さんも日本での生活で多少なりとも感じたことだと思います。

だからこそ日本人の僕自身が韓国内で相手に対して心の異文化摩擦を生じさせてはならないことは自分自身の韓国在住の間の課題とも考えています。それにしても「郷に入らずば郷に従え」とは本当に難しいことだと実感しています。

そんな訳で、出来るだけ韓国の人達との接触を努めようとしている矢先、さる10月11日の韓日KARAOKE大会を機にJETAAの皆さんと具体的な交流を行えたことは僕自身にとっての大きな成果だと思っています。

そこで最近、韓国歌謡曲(POPSではありません)の日本語訳を始めてみました。と言っても日本語の歌詞にするわけではなく、あくまで言葉の表現方法や原語の意味を忠実に知ろうというものです。日本では、特に演歌は日本の心などとも言われていますから、もしかしたら韓国の演歌などから韓国の心が読めるのかな?と言う理由と、次回KARAOKE大会で日本人初の歌唱賞を狙うという企みです。始めたばかりですが、やはり日本の歌詞に比べて情熱的と言うか、ストレートな表現や情の厚みを感じています。

これからも僕の心の中では小さな異文化摩擦が続くでしょうが、あまり対極的に考えず、摩擦の克服と言うよりも新たな発見を楽しみながら付き合って行こうと思っている韓国在住1年半の私です。




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