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岩手県で約2年半年間、スポーツ交流員として生活しながら、 様々な事件と出来事が相當多かったと思われます。その中で幾つか思い出すことを述べてみたいです。
はじめて不来方高等学校に配属された際、私の日本語の実力はあいさつしかできない状態でしたので、最初はかたごとの英語と日韓辞典、そして英語の先生たちの通訳で過ごさなければなりませんでした。何よりもバスケットボールを教えなければならなかった私は、来日する前に漠然と思ったこととはまったく異なる現地の情況に途惑いました。
まずは、バスケットボールの用語が全然異なるため、コミュニケーションはもちろんのこと、動作の説明も不可能な状態だったからです(もっと詳しく説明しますと、バスケットボールはスピード競技で、0.5秒以内の速い動きでチャンスをつくったりもするスポーツですから、動作一つ一つに詳しい説明を必要とします)。実は来日する前は同じバスケットボールだから、大きな差はないだろうし、言葉が通じなくても指導はできると思い込んでいました。しかし、それは大きな勘違いでした。
もう一つの問題は監督の協力的ではない態度でした。実は、監督は私が配属されることさえも気に食わないと、私の目の前で話したこともあります。バスケットボールに関するリーターシップも自信もないのにもかかわらず、そもそも一人でチームを指導したがっていました。また選手や他人の前で、特に外国人である私とは比べられたくないというプライドのかかった問題でしたので、私のバスケットボールの指導をわざと邪魔したことさえもありました。
日本は韓国と違って、県で優勝可能性の高い2つの学校チーム以外、すべての学校の運動部は專門性をもった選手育成ではなく、ただの部活のレベルでした。そこで先生たちも同じように、專門的な教育を受けたことがなかったわけです。
大学まで主種目としてバスケットボール選手生活をしていた私としては、まだまだ不備なところが目に見えました。そういった面で、私はSEAたちこそ、日本に必要な存在だと思います。しかし、SEAの中間研修の時、毎年出てくる指摘ですが、日本全国のSEAたち(約30名)は、私とほとんど同じような問題を抱えて悩んだり、ストレスを受けたりしています。ひどくは、所属チームの試合の時、ベンチにもはいれないSEAもあり、SEAの運営に大きな問題があると考えられます。
たぶん当初SEAというプログラムは、確実な目標と意味をもって作られたと思いますが、現在日本監督たちのマインドとスポーツ文化が改善されないかぎり、私達に投資したお金と期待より、いい成果を收めるのは難しいと思われます。このように、私はいままで文化の差、制度の差、考え方の差を感じながら、たくさんのことを学んできました。
最初はとても親切ですが、それは日本人の特性である「お世辞」と「タテマエ」からの行動ではないでしょうか。そこで、何回も勘違いしたこともありましたが、今は大分慣れた状態です。またはっきりと表現しない、率直ではない日本人の態度にもどかしさを感じる時もよくありました。業務的には手続きが複雜ですし、官僚主義的な考え方に陷っている上司に許可を得るためには、相当時間がかかるという不便を感じています。新しいことや、挑戰的なことを絶対しようとしない日本人達を見守りながら情けなく思ったこともありました。
こういうことはスポーツにも現れます。私は約1年間、昔昔のお嫁さんのように、懸命に我慢してきました。しかし、その後は言いたいことがあると、校長先生と相談したり、?育委員会に行って相談したりもしました。もちろん、そのようなことでもっと大変になった時もありましたが、結局はそれがよかったと考えています。というのは、今は私の助言通り、指導ができます。また、何よりも私のことを認めて下さる人達も増えていますし、選手たちも監督よりは私を従っているからです。
スポーツ交流が主な業務である私ですが、今はそれほど欲を張っていません。なぜならこちらの先生たちは私から自分達が必要なことだけを学ぶだけだからです。熱心に指導して大会に出て良い成果を收めたいという意味での学びではなくて、努力なしに人のバスケットボールをコピーして自分の名前をつけて、?えようとし、結局は私を無視しようとさえする、監督たちに接すると、むなしくなるからです。
最近は親しい日本人の友達ができ、自分なりに日本の生活を楽しんでいます。特に飮み会は日本、職場、バスケットボールに関する不満を思い存分語ることができていいです。私の考えはすべて正しいとは思いませんが、8月が終るその日までに一所懸命に選手たちを指導したいと考えています。
まとまりのない文書、読んでくださって感謝します。では、皆さんお元気で。
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