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日本大使館でJETプログラムを担当している小松です。
いろいろとありがとうございました。早いもので、私が大使館に着任して3年の月日が経とうとしております。私のように各省から派遣されている書記官(アタッシェ)の場合、着任後3年で離任・帰国となりますから、「3年」には特別な意味があります。(といってもまだ発令を受けたわけではないのですが)そこで、今回はAAやCLAIRの皆さんへのお礼とお別れのご挨拶として本稿を執筆することにしました。
私が着任したのは99年の2月26日(金)でした。この日に外国勤務自体が初めてで、ソウルには知り合いなどいない私を歓迎し励ましてくださったのは李倫珍さんらJET-AA(ハヌリの会)の皆さんと擯崎所長らCLAIRソウルの皆さんでした。私の韓国の第一印象は若々しいJET-AAの皆さんとCLAIRソウルの皆さんで形作られました。私に、3年間生きる勇気を与えてくださったのは皆様のおかげです。
この3年間を率直に申し上げれば、激動する日韓関係の中で自分自身を見いだせないまま迷走してしまった感があって、とても「充実した3年間だった」と胸を張って申せない気がしております。99年は金大中大統領ど小渕総理のパートナーシップに支えられ、青少年交流も新規事業が大幅に増えました。作業を抱え込むことが多くそれなりに辛かった部分もありますが、前向きな仕事なのでやりがいもありました。2000年に入っても前半は、史上初めて文部大臣が訪韓し、留学など青少年交流事業が一層拡大するとともに、日本の大学センター試験の外国選択科目に「韓国語」が導入されたりもしました。
2000年末からは「教科書問題」などによりとても重苦しいムードとなりましたが、昨年10月の金大中大統領と小泉総理の2回に渡る会談を機会に日韓関係は改善されてきています。そして、今は、アジアで初めておこなわれるワールドカップ・サッカー大会に史上はじめての名誉ある「共同開催国」として日韓がともにその成功のために努力しているところでしょう。
この間、私ごどで恐縮ですが韓国の女性と結婚して子どもまで授かりましたが、総括すれば「公私ともに余裕のない3年だった」ということになると思います。JETの皆さんにもCLAIRの皆さんにも同僚にも家族にも、もっと丁寧に接すべきだったし、接したかったです。特にJETの皆さんには、この3年間に何回お会いしてお話したかを想起すると担当者として恥ずかしく、申し訳ない気持ちで一杯です。大使館勤務が終了した後には、もっとゆっくりとした気持ちで韓国に訪問する機会が得られると思います。そのとき皆様と再び出会いゆっくりお話もし、その成果を私なりに仕事に生かして生きたいと考えております。
最後に、私の拙い仕事を支えてくださった甘素栄さんらJET-AAの皆様、石川所長らCLAIRソウルの皆様に改めて御礼を申し上げ、また、韓国JETとAAの最後のますますのご発展をお祈り申し上げ、筆を置かせていただきます。あんにょんひげせよ。 |
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