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2002年はサッカ−?ワ−ルドカップ日韓共同開催の年でもあり、
日韓国民交流年でもあります。1月には在韓国日本国大使館の主催で日韓国民交流年を知らせるオ−プニング?セレモニが行われ、文芸会館において日本のゆふいん源流太鼓によるオ−プニングの公演も開催されました。胸の底から出てくるような和太鼓の響きにもう一度感動しました。
太鼓の公演を見ると、国際交流員の時の思い出が浮かびました。国際交流員として活動しながら1年くらい和太鼓を習いましたので。国際交流員として3年間日本にいながら、本当に多様な経験をしました。私の人生にとってそんなに豊富な経験をし、いろんな人に出会える機会はまたとないと思います。
帰国前、日本で出会った知人や友人に、韓国に帰ってもあなた達からいただいた親切を忘れず、今後とも友情を守りつづけ、 あなた達からいただいた親切を韓国に来た外国人に返すと約束しましたが、返ってみると約束通りできなかったような気がして、申し訳ない気持です。
日本で多くの友達をつくりましたが、その中の一人を紹介しようと思います。
彼女とは国際交流の行事で出会いましたが、同じ年で近くに住んでいましたので、すぐ友だちになりました。彼女の家族とも親しくなって、よく遊びにいきました。 彼女は私が帰国する1週間前に結婚し、私は帰国してからちょうど1年になる頃に結婚しました。そして、同じ時期に私は娘を出産し、彼女は息子を出産しました。私たちはお互いの赤ちゃんの写真や服、情報などを交換しました。そして、二人の子にも私たちのような友情を芽生えさせるために、二人の子が対面できる場をつくることにしました。いよいよ彼女が彼女のご主人と息子とともにわざわざ私の家に来ました。 まだ、歩けないし言えない私の娘と彼女の息子は初対面して、 何かわからぬ自分達だけの言語でぶつぶつつぶやきました。
国境と世代を越えて芽生えはじめた友情、その姿を見て親達も喜びながら、二人の子も父母達のようないい友達になるようにしてあげましょうと話し合いました。二人の子が小学校頃に入ると、ホームスティもさせましょうと約束しました。そのうち二人が成人になって好きになればどうしようと主人は心配するような気もしました。私は、友情でも愛でもかまいませんが・・・
2002年は日韓国民交流年です。 両国の政府ではなく民間レベルの日韓国国民交流年の記念事業もたくさん行われる予定です。皆さんも久しぶりに日本文化にふれながら、日本での思い出を思い出してみたらいかがですか。日本関連の文化行事が知りたい方は私まで連絡ください。 ありがとうございます。 |
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